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終活としての日記 | 悠久録(長岡新聞コラム)

悠久録column

終活としての日記

 週刊誌の新聞広告にはしきりと死ぬ前にやっておくべきこと特集が組まれている。対象が若い人から老人向けに絞っているのだろうか。
 81歳の筆者もしきりに終活という言葉が意識に上っている。若い時から集めた膨大な書籍はどうするか、その処分に子供たちの手を煩わしたくない。引き取ってくれるところがあれば、無料でもいいという気持ちである。
 ただここで高校時代から65年間書き続けてきた日記だけはどうしても処分したくない。高校一年に買ってもらった原稿日記には内表紙に「僕は一日も空白な過去を作りたくない」と書き、冒頭に次のような言葉を書き込んでいる。「日記! それは人生のガイドブック 悲しかったら泣きながら記せ 嬉しかったら何枚でも書きぬけ そこに俺の尊い人生のガイドブックが作られる 一頁一頁が大事なフレンド おお友よ 俺は君と一緒に人生を謳歌しよう」と書いている。
 以後大学ノートに一年2冊ずつの日記が続く。日記のない一日は空白な過去にすぎなかった。そして65年間黙々と書き続けてきた。入院してペンが取れなくなった時でも、声で録音して、退院後に文字に書き直した。以来65年間日記の書かなかった空白な時間は一日たりともなかった。今の日記には自分でも読めない字が出て来たりする。
 その人生を締めくくる時わが日記にはどのような言葉が出てくるのだろうか。(ひこぜん)


※「悠久録」は長岡新聞の一面コラムです。

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高橋 実

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